2017年04月28日(金)

2017-04-28 10:16
嫌いなあの人は自分です[]
部長のなりたです

書くのが遅くなり申し訳ないです…バイトか授業か予習か練習ぐらいしかできてなくて…言い訳です。


そういえば
父親も職場で「なりた部長」と呼ばれているそうです。
やっていることの重みは違えど同じ呼ばれ方なんて不思議だなと思いました。

部長になってそろそろ半年…
今この日記書きながらびっくりしています。早い…
新歓時期、あまり抱え込まず他の幹部にうまく頼りつつ過ごせている気がします。感謝してます。


何について書こうかな…

春といえば出会いと別れの季節ですよね
誰かが勝手に決めた春という季節に、関係ない自分たちが振り回されるのに些か理不尽さを感じるところではありますが。

新しい季節に新しい人間関係に身を置いたとき、
自分のまわりに必ず「苦手な人」っていますね…
1度その人の嫌いなところが目に付くと嫌いが止まらないです。

でも最近よく思うんですが、その人の嫌いなところって、程度の差はあれど自分にもそういうところがあると思いませんか…?

例えば自分の知識を凄いひけらかす人を見てる時、
「なんだこの人は…」ってなるんですが、正直に自分見つめると、自分の好きなことだったらいくらでも話したくなりますし、ひけらかしたいですよね…
他人が自分の好きなジャンルの話をしてたら割り込みたくなったり…


思うに、
苦手な人の苦手な部分は自分も持っていて、
その苦手な部分に執着してそれしか見えなくなると、 まるで自分を見ているようで、

「自分と似た人、自分と同じ人」の存在は、自分のアイデンティティが許さないから、
「自分と似た『苦手な人』」をもっともっと嫌いになって、
「俺はあいつみたいなことは絶対にしない」
というように、「自分とそっくりな『苦手な人』」と自分との「差別化」を図ることでアイデンティティを保っているのではないかと…

「ディスはブーメランだ」とか聞きますが、そういうことなんですかね…
でも突き付けられる現実はブーメランの打撃よりも残酷な気がします。即死です。

そう考えると、嫌いな人が必ずいることの説明にもなりますし、嫌いな人がいることは人間としてごく自然で、本能的な所為なんだなとも思えます。「嫌いな人がいない」なんて無理です。丸くなれます。




「嫌いなあの人は自分です」




あぁこんな変なことを書いてたらそろそろ授業が終わるみたいです。誰かに板書を見せてもらわねば…

次は小野副部長お願いしますm(_ _)m

(コメント:4件)
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2017-04-28 23:27
[きゃべつ]
授業中にこんな深いことを考えられるなんてさすが文学部だなぁ〜(?)

2017-04-29 02:25
[ハム]
これは文学部

2017-04-29 14:46
[なりた]
>きゃべつさん
>ハムさん

授業中オチまで考えて家で書き、つじつまが合うように1限終了直前に投稿したというエピソードまでお楽しみください

2017-04-29 16:30
[大使◆aEJNuLHPeI] []
いやぁ…すごい良い文章だ…!
全くその通りだと思いました。
あとの人が書きにくくなりますね。

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